こんにちは。
高千穂町議会議員の板倉哲男です。
突然ですが、写真は高千穂町の中心部、バスセンター前の交差点の写真です。
町内で最も立地が良いといえる場所ですが、写真に見える建物は、がらんとしています。
こうした風景を見ると、高千穂は過疎のまちだなぁと、改めて感じます。
そんな過疎のまち、高千穂町にとって、10月議会で可決した、とても地味だけど、とても重要な「高千穂町過疎地域持続的発展計画」について、今回のブログではまとめたいと思います。
国土の大半が過疎地域
まず、日本の全国的なおはなしからしようと思います。
日本に限らずですが、日本の国土の中には都市部もあれば、過疎地域があることについては、説明はいらないと思います。
では、日本の国土のどれだけの面積が過疎地域なのかというと、平成29年度時点の総務省の資料によると、約6割の面積が過疎地域となっています(過疎の定義は過疎法による)。
なお、昭和47年時点では約4割でした。
昭和47年から平成29年の45年間の間に、過疎地域の面積が国土全体の約4割から6割に増加したということになります。
一方、そこに住む人口の割合はというと、全体のたったの8.6%です。
面白いことに、昭和47年からの推移をみると、増減はあるものの、あまり変化がないことがわかります。
この状況は、いうなれば、たった8.6%の人が、国土の大半を治めており、その面積は増加傾向にあるということです。
過疎地域の価値とは
ところで、過疎地域と聞くと、なんとなくネガティブなワードに聞こえるのですが、過疎地域には都市部にはない多くの価値があると、日本の多くの国民は認識しています(下のアンケート結果を参照)。
たとえば、食料を生産する農村地域や、水を湛える山林などの多くは、過疎地域にあります。
また、都市部の人が休暇を利用し美しい自然の景観をもとめて地方に旅行することもありますし、最近よく言われる脱炭素には森林による吸収が必要です。
さらに、日本人にとっての心のふるさととしての役割もあります。
このように、過疎地域は都市の人にとっても大切な価値ある地域なのです。
国土の均衡ある発展のため過疎法
こうしたことから、国は過疎地域も都市部とともに、均衡ある発展がなされるように、法整備に取り組んでいます。
それが、いわゆる「過疎法」です。
昭和45年に10年間の期限付きの法律として制定されました。
その後も、引き続き、均衡ある発展がまだまだ求められるとし、第2次、3次と更新されつづけ、令和3年に第5次の過疎法が施行されました。
市町村で策定する過疎計画
過疎法において、市町村は、どのように自分達のまちを発展させるのかについての計画、いわゆる「過疎計画」を策定することができます。
たとえば、生活道路の整備や、観光客を誘客するためのインフラ整備などがあげられます。
第5次の過疎法が施行されたことを受け、高千穂町も新たな過疎計画を策定することができるようになり、令和3年10月議会において、高千穂町の新しい過疎計画である「高千穂町過疎地域持続的発展計画」を可決しました。
市町村にとってありがたい借金、過疎債
市町村が過疎計画にもとづき事業に取り組む際は、「過疎債」という借金をすることができます。
この過疎債が、市町村にとってはありがたい借金なのです。
何がありがたいのかというと、借金した金額のうち、なんと70%については、返済するためのお金を国が交付税として出してくれるからです。
過疎債を活用している事業例
高千穂町が取り組んでいる事業で、過疎債を活用しているものにはどんなものがあるのか、わかりやすいものをいくつかご紹介したいと思います。
・高千穂神社から槵觸(くしふる)神社間の道路整備
・天岩戸神社門前町の道路整備
・あまてらす館、ポケットパーク
・天安河原の歩道整備
・高齢者への給食宅配事業
・町病院の非常勤医師の確保(給与)
・その他、町道整備多数
といった感じで、道路やハコモノのほかに、高齢者の福祉サービスや、町病院の非常勤医師確保など、幅広く活用されています。
なんせ、国が70%を出してくれるわけですので、活用しない手はないですね。
議会だよりも読んでね
こうしたことを知っていただいたうえで、下の議会だよりを読んでいただけると、わかりやすいのかなと思います。
では、今回はこれで失礼します。