「社会をちょっと変えてみた」(駒崎弘樹著,秋山訓子著 岩波書店)という本を読みました。
すばらしい内容で、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
私自身の備忘録も兼ねつつ、内容をちょっと紹介。
世界は意外に、フツーに変えられる
本書の一番の主張は「世界は意外に、フツーに変えられる」ということです。
以前の私は、日本を含めた今の世界は、ごく一部の権力者によってすべてが決定されており、自分たちのような一般庶民は、権力者の決定に従わざるをえない、と考えていました。
自分一人が何かをしたところで、何の意味もないと。
今でこそ、町議会議員をしていますが、以前は選挙があっても投票に行かないことがほとんどでした。
ですが、日本は民主主義の国で、主権は国民にあります。
また、日本は法治国家であり、総理大臣でさえ、法律に背くことはできません。
つまり、一人の国民であっても、行動を起こし、政治を動かすことができる。
この本では、この事実を、実例をもって紹介してくれています。
保育園に入れなかった子供とママが役所前に一同に集まり、要望活動をした人。
性的マイノリティが生きづらいのは、本人が悪いのではなく社会が悪いと気づき、自殺総合対策大綱の見直しに際し、「性的マイノリティ」も自殺対策の対象に含めるように政府に対して働き掛けを行った人など、
本書には7人の事例が紹介されています。
あなたも一歩を踏み出そう
そして、事例の紹介にとどまらず、読者に行動を促します。
なぜなら、「世の中には不条理と不公正、社会問題に溢れている」から。
貧困は拡大し、ひとり親の約半分は貧困状態という現実。
不登校は増え、教師は残業で疲弊しているにもかかわらず、公的な教育に対する投資は、先進国で最下位という現実。
児童虐待も深刻で、なんと、3日に1人の子供が虐待によって亡くなっているという現実。
こうした問題を、放っておくこともできます。
ただし、放っておけるのも、自分や自分の大切な人に、そうした社会問題がのしかかってくるまでです。
もしもあなたが一歩を踏み出したなら、助け出せる誰かがいるかもしれません。
だから、一歩を踏み出しましょう。
奴隷について、血を流したアメリカと血を流さなかったイギリス
一歩、二歩、三歩と、踏み出し、いかに歩みを進めていくか。
本の中で、その正しい道筋が書かれています。
今の世の中、まさか武力で革命を起こして、、、なんて時代じゃありませんし、そもそも、そんなことをせずとも社会を変えることができます。
なぜなら、主権は国民にあるのです。
総理大臣だって、法には逆らえないのです。
つまり、国民が行動し政治を動かせば、社会を変えられるのです。
本の中で、トマス・クラーソンという18世紀のイギリスの人の話が出てきます。
何をしたのかというと、政治を動かすことで、イギリスにおける奴隷貿易の廃止を実現した人です。
つまり、一滴の血を流すことなく、イギリス社会を変えたのです。
しかも、アメリカよりも半世紀も早く。
その対比として、アメリカの話も出てきます。
アメリカではどうなったのかというと、奴隷の是非をめぐり南北が対立。
南北戦争が起こり、多くの血が流されました。
この差を考えると、いかに平和的に、建設的に政治を動かし、社会を変えることが大切か、わかりますね。
社会を変える正しい行動とは
ではトマス・クラーソンは、いかに政治を動かしたのか。
まず最初に彼がしたことは、奴隷制に疑問を投げかける本の出版です。
つまり、「発信」です。
今の時代、SNSがありますので、発信はとても簡単にできます。
最近では、「保育園落ちた」という一個人の発信が国を動かしたという事例もあります。
1回や2回でダメでも、何度も発信を繰り返していくうちに、そうだそうだと、共感する人、賛同する人が現れ、志を同じくする仲間のネットワークや組織ができます。
そして、運動を維持するには、構成員のモチベーションが大切になります。
熱量を維持する基本は、「会うこと」「集まること」です。
さらに、議員や役人に会いに行き、巻き込んでいきます。
この時大切なのは、いかに議員や役人から共感を得られるか、です。
時にこうした運動は、議員や役人を憎悪の対象にすることがあります。
しかしそうなると、議員や役人から、かかわりたくないと思われても仕方ありません。
結局のところ、民主主義において大切なのは、コミュニケーションです。
さあ、よき挑戦を
日本は社会問題先進国で、幾千もの社会問題が解決されることを待っています。
一歩踏み出すことで、助け出せる誰かがいます。
「さあ、よき挑戦を!」
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「社会をちょっと変えてみた」(駒崎弘樹著,秋山訓子著 岩波書店)